セドナメソッド 達人

セドナメソッドの達人2:達人:セドナメソッド【解放の手順】

いよいよレスター師が探求から覚醒へ向かっていきます。セドナメソッドの達人といえば創始者のレスター・レヴェンソンですね。彼がセドナメソッドを発見したことで、現在私たちは解放の手順を簡単に実行できるようになったのですから。彼こそセドナメソッドの達人です。:セドナメソッドの達人2:達人:セドナメソッド【解放の手順】

セドナメソッドの達人2

レスター師の探求が深まり、覚醒に向かい始めます。
何度も言いますが、ここからのレスター師は、仏陀釈尊のようなことをいっています。
ですから、私としては根本仏教とセドナメソッドは同じものだと思います。
少なくとも、仏教の一部であることは間違いないと思いますね。
実際には仏教に限らず、内面を探求する宗教には同じような経験が記されている場合が多いですが、
特に仏教の特色である、厭離・離貪・解脱の概念と同様に感じてしまいます。
朝、レスターはすっかり休息し、リフレッシュした気分で、とても早い時間に目が覚めた。
目が覚めてから最初に思ったのは「ああ、あの時何が起こったんだろう?」という事だった。
・・・・
「さて、あの時に何が起こったんだろう?あの時に共通していた特徴は何だろう?
・・・・
どことなく愛情が関わっていると分かっていたが、彼は最初どういう形で共通しているかが見えなかった。
最終的に答えが分かった時、その答えがあまりに単純で純粋で、完璧な答えだったので、なぜ今まで分からなかったのだろうと彼は思った。
「幸せとは私が誰かを愛している時に感じていたのだ!」
各々の状況において、彼が他人に対して愛情を強く感じていた時、その時こそ、その彼自身が愛を感じている事から幸せがもたらされていたのだと理解した。
今や、誰かから愛される事が答えではないという事が彼には明確だった。
たとえ人が彼を愛したとしても、彼が愛を感じていないなら、彼は幸せにはならないだろうという事が分かるようになっていた。
彼らや彼女らの愛情は彼ら自身を幸せにするかもしれないが、レスターを幸せにはしないし、幸せに出来るものではなかったのだ。
・・・・
彼は逆の面、つまり不幸せだった時の事も考察した。
今、彼は何をみるべきか知ってい た。
その時、彼が愛していなかった事は明白だった。
・・・・
彼は彼女達が愛してくれなかった時の心の痛みを経験していた。
たとえ彼がそれを愛と呼んでいたとしても、実は彼女達を完璧に所有したいと望んでいて、幸せになるためには彼女達の全ての愛が必要だと思っていただけだった。
これこそが解決への手がかりだった。
彼はずっと「(愛を)望んでいる状態」又は、愛の欠如を経験していたのだった。
誰か他の人が愛を運んでくれる事を期待しながら、彼を幸せにしてくれる人を待ち続けながら…。
・・・・
誰か他の人が彼を幸せにする事が出来ると思っていた事はこの世で最もおかしな事のように思えた。
誰も彼をどうこうさせるなんて事は出来ないというのは、自分が誰よりも知っていたのである。
・・・・
真実は、彼はいつも愛を欲しがっていて、それを他人からもらわなければならないと思っていたのだった。
・・・・
これまで生まれてこのかた、ずっと探してきたものは自分自身の内側にあった事に気づき、彼は笑わざるをえなかった。

これは一つの覚りだったのですね。
愛とは自分の内側にすでにあるものだって。
他の人に愛されることが幸福だって、私も未だに錯覚するときがあります。
今もあり、今日もありました。
しかし、この文を書いているときに気付かされました、そうだ、人を愛しているときこそ幸福感が涌き上がるって。
充実感というか、充足感というか、満たされた感覚は、自分が愛されているときではなく、自分が心から人を愛しているときにこそあるものですね。
例えば、子供のために命をかけて何かをする親は少なくないでしょう??。
しかもその時は恐怖も不安もなく、かりにあったとしても、勇気がそれに勝っている状態ですね。
なんでもしてやれる気がします。というより、自分の命を引き替えにしても、子供のためにって思うのが愛なのですね。
この愛はもともと私たちの内面にあったと気付けば、外に求める必要すらなくなってしまいますね。
仏教の慈悲、キリストの愛が同じものを指していると思います。
「・・・・もし幸せというものが、オレが他の人へ愛を感じている時なのだとしたら、幸せというのはオレの内側に存在する感覚という事なのか・・」
「そして、もし過去に愛を感じていなかったとしたら、まあ、過去は変えられない事は分かっているが、オレ自身のその時の感覚を今変える事は出来ないものだろうか?愛の 感覚を今変えられるかな?」彼は試してみる事にした。
・・・・
もっとも最近の不幸せだった事 について考えた。
それは病院を退院した日だった。
「まず、あの日、オレは愛の欠如を経験したか?」彼は自問した。
「そうだ」彼は声を出して答えた。
「誰一人としてオレの事を気にしちゃいなかった。・・・・あいつらはお構いなしだった。オレが具合が悪いのに、やつらは私を放り出し、死ぬために家に帰したのだ。やつらは自分達の失敗を見ないで済むからな…」
彼は自分の激しい声にショックを受けた。
彼の体は怒りで震え、体が弱々しく感じた。
彼は本当に医師を憎んでいた。
その憎しみが胸の中で焼けるように感じられた。
彼は思った。
「何てことだ、確かにこれじゃ愛ではないな」
・・・・
「さあ、これを変えられるかな?」彼は自問した。
「先生に対して、この憎しみを愛に変えられるかな?」
「いいや、無理だ」彼は思った。
・・・・
「問題は彼が愛を受けるに値するか どうかじゃあない」
「問題はお前が愛に変えられるかだ」
「ただ嫌悪の感覚を愛の感覚に変える事が可能か?」
「・・・・お前自身のために」
そんな考えが頭をかすめると、彼は何かが胸から解き放たれたのを感じた。
穏やかに緩む、溶けるような感覚で、焼けるような感覚は無くなっていた。
最初、彼はそれを信じられなかった。
・・・・もう1度シュルツ医師との病院でのやり取りを頭に描いてみた。
驚いた事に、前に感じた強烈な焼けるような憎しみよりも、軽い憤りが生じただけだった。
彼は同じ事がもう1度出来るか考えた。
・・・・
「怒りの感覚を愛の感覚に変えられるかな?」
胸の中で怒りが解けるのを感じながら、彼は一人静かに笑った。
それで怒りは完全になくなり、彼は幸せだった。
・・・・
「さて、これで1つ終った」彼は考えた。
「もし私の理論が正しければ、全ての事に効果がある筈だ」彼ははやる思いで他の時について試みた。
その結果は一定して同じものだった。
・・・・
もし反抗心や怒り、嫌悪の感覚を愛に変えられるかどうか自問する度に、何かが解けるプロセスが生じた。
その人物に対して愛だけを感じるようになるまで何度も何度も繰り返さなければならない場合もあった。
ある時は、全てのプロセスが1,2分しかかからなかった事もあれば、ある特定の人物や出来事に彼の感覚が愛以外になくなるまで何時間もかかる事もあった。
しかし、彼は根気強くそれぞれの人や出来事に対して完全に終るまで留まり続けた。
・・・・
彼の人生全体が少しずつ切れ切れに見直された。
1つずつ、彼は古い心の痛みや 失望した事全てを愛に変えた。
心の痛みが少しずつ減っていくと、彼は自分が丈夫になていく感じがし始めていた。
今まで生きてきた中で一番幸せに感じていた。
そして、それぞれ新しく事が修正されるとより一層幸福感が増すのを感じながら、そのプロセスを続けていった。

これは、今の私に一番必要なプロセスかもしれないと思いつつも、それだけの根気強さがない自分が・・・。
凄い体験ですよね、怒りや憎しみを愛に変えるって。
私たちは日常生活で良く、愛しているからこそ怒りや憎しみが湧いてくると思えるときがあるのではないでしょうか?。
私には良くありましたね・・。
好きだから腹立つんだってね。
だけど、ここが根本的に間違っている所なんですね。
人を愛するというのは、それだけで自分自身が救われている行為だったのですね。
真の救いは自分が他者を愛することだったとはね、キリストや仏教でも愛について語られているのはこれだったんですね。
愛は救いであり、愛は神であり、愛はすべてなのだと。
これは大切な覚りの段階でしょうね。

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