セドナメソッド 達人

セドナメソッドの達人1:達人:セドナメソッド【解放の手順】

レスター師:闘病から探求へ。セドナメソッドの達人といえば創始者のレスター・レヴェンソンですね。彼がセドナメソッドを発見したことで、現在私たちは解放の手順を簡単に実行できるようになったのですから。彼こそセドナメソッドの達人です。:セドナメソッドの達人1:達人:セドナメソッド【解放の手順】

セドナメソッドの達人1

レスター・レヴェンソン師は瀕死の病人であり、天性の才能があってセドナメソッドを創始したわけではないのですね。
死ぬか生きるかの瀬戸際に追い込まれたレスター・レヴェンソン師が自分の心を探究して、感情を解放するテクニックを発見したのです。
これは、レスター師が不治の病と宣告され、自宅療養中の体験談です。
彼はベッドに入り、食べる時と薬を飲む時、トイレに行く時以外は、3日間をほとんど眠って過ごした。
それから、傷ついた動物が巣に戻るように、這ってベッドに入った。
・・・・・
何かが変わったのは4日目だった。
・・・・
彼は憤慨し、発作を起こして以来の大きなエネルギーの高まりで、椅子から立ち上がり、洗面所にある薬箱に向かい、錠剤を数えた。
彼は新しい薬、鎮静剤と心臓の薬が十分ある事に気がついた。
又、数年前に腎臓結石の痛み止めに処方されたモルヒネの錠剤もあった。
・・・・
モルヒネは心地良く死なせてくれる。暖かく心地の良い雲に舞い上がり、全てがバラ色なのである。
・・・・
さあ、今、彼は選択肢を持った。病気になってから初めて彼は自分自身に起こった事をコントロールするものを得た感じがした。
彼は何をするか考えた。
・・・・
声を出して自問した。
「お前はまだ息をしている。病気の予後について、医者であろうが誰であろうが何を言ったとしても、お前はまだ息をしている。それこそが意義のある事だ。きっと何か希望があるだろう」
・・・・
「さあて、どこから始めようか?」
・・・・
彼は生きている間、何と戦っていたのだろう?ほんのちょっとした幸せ、それが全てだった。
彼はその幸せを見つける事が出来なかった。
見つけたとしても、その幸せは1時間、あるいは数分しか続かないものであった。
束の間・・・それが人生であった。
束の間・・・永続しないもの・・・常に変化している・・・全てがうまく行っている、あらゆるものが決まりきってリラックス出来ると思うや否や、何かが起き、あなたは再び始めにいたところに戻ってしまうのだ。
分かっているのに、持ってはいられないものを掴んで、握りしめようとしてしまう。
一体人生とは何なんだろう?

このような凄まじい闘病生活の末、レスター師はセドナメソッド(解放の手順)を発見し、全快して行くのですが、まだまだ、レスター師の体験は続きます。
彼は自ら死を選ぶか、今できることをするべきかの選択を迫られ、自分自身の内面を探求することを選択したのです。
彼の脳裏に喚起する何かがあった…どこを探したらいいか分かれば答えがそこにあるかも知れないという捉えどころの無い思いがあった。
彼には時間以外何もないと分かっていた。
・・・・
「試してみるべきか?」と疑問を声に出してみた。
・・・・
「ああ、何て事だ。何も失うものなんてないじゃないか。もし上手く行かなかったら、いつでもモルヒネを飲めるんだ」彼はもしそうなったら自分がモルヒネを飲むだろうと分かっていた。絶対そうするのだと思っていた。
心が決まったら、そのことについて再び考える必要がなくなった。
・・・・
この新しいプロジェクトはワクワクするもので、レスターも再び生き生きしてくる自分自身を感じた。
この食事によってリフレッシュし、強まったので、彼は窓際の椅子に再び座った。
・・・・
「どこから始めるか?」彼は思いめぐらした。
「そうだな。最初に知りたい事は何だろう?」
「人生とは何だろう?人生にはどんな意味があるんだろう?この世界に私が存在する理由はあるのか?もしあるとしたら、それは何だろう?」
「人生とは何だ?私が探してきたものとは何だったんだ?」
「ほんのちょっとした幸せ、それだけだ」彼は自分で答えた。
・・・・
「分かった。それでは幸せとは何だ?どうやって手に入れる?どこで見つければいい?」
「生きるってどういう事だ?この世界にどんな意味があるんだろう?私と世界の関係とは何だろう?」
「どうして私はこんな有り様になってしまったんだろう?」
「この有り様から逃れる術はないのか?」彼は既にその答えを知っていた。
死を選ぶより逃れる術はないと。しかし、もしその答えを見つける事が出来れば、少なくともこの世に生きた理由が分かると彼は思った。
彼はその理由を理解するだろうし、そうなったらいいと。
・・・・
「・・・・それで最後は心臓で死ぬはずだったが、そうはならなかった。お前が正気を取り戻す前にこれ以上何が必要なのか?」
「・・・・お前に役立った知識は何もないじゃないか。それなのに、やはりまだ答えを見つけていない者達が書いた本を読もうとしている」
「その通りだ」彼は自分自身に言った。「こんなくだらない事は止めたぞ」
こう決心して、彼は今まで感じていた肩の重荷が軽くなるのを感じた。
・・・・
彼はどこか他の場所を探さなければならなかった。彼にはどこに答えがあるか分かっていた。
・・・・
問題は自分自身の中にあると彼は推測した。
問題は彼の肉体、心、感情にあり、その答えは彼自身の中にある筈だった。
そして、彼自身が彼の研究所であり、そこが問題を探すべき場所だった。
彼は椅子の所に向かい、答え探しを始めた。

ここからがレスター師の凄いところですが、ここまでの苦悩は書面だけでは伝わりませんかね。
私などは仕事の失敗や失恋、その他の失敗ですぐに生きているのが嫌になる方なので、死にたい気持ちのレスター師の感情がよく分かる気がします。
最も、レスター師の場合は実際に死ぬか生きるかの瀬戸際なのですが、私のような心の弱いものには耐えられない状況なのかもしれません。
その状況の中で、レスター師は自分自身の内面への探求を始めるんですね。
やっぱり天才だったのでしょうかね。
様々な方法で、答えは自分自身の中にある。といわれていますが、それを実感として理解できている人はどれくらいいるのでしょうか。
自分自身の内面を探るしかないほど追い込まれなければ、普通のものには自分の中だけで答えを探すことは難しいと思います。
自分の中にこそすべての答えがある。それは言葉では解っているつもりですが、今も実行できているのか?。
未だ出来ていませんね。
これからいよいよレスター師が覚りに向かって進んでいく場面になります。
1ヶ月の間、彼は坐り、絶え間なく自分自身を深く探った。
・・・・
彼の精神はじっとしているには働きすぎており、この新しい探求は、今まで彼が生きてきた中で、もっともワクワクするものだったからである。
・・・彼は自分自身で一問一答を行なった。
最初に質問をなげかけ、答えが正当であるか否か確証するまで、可能な限りの答えを探った。
このやり方を通して、彼は最初の大発見をした。
初めて本当の答えを見つけたのである。
彼が自己探索を始め、幸福という事への答えを探してから凡そ1ヶ月後の事であった。 彼は既にいくつかの答えを排除し、もう1度自分自身に問いかけた。
「幸せとはなんだろう?」と。
今回浮かんだ答えは「幸せとはお前が愛されている時に感じるものだ」この答えは単純なものに思えた。
・・・
彼は続けた。「OK.今お前は幸せだと言えるかい?幸せだと感じているかい?」
答えは「ノー」であった。
「分かった、それでは、お前は愛されていないという事だな!」というのが結論だった。
「いや、そうとは限らないぜ」と反論した。
「家族はお前を愛しているじゃないか」ここで彼は問答を止め、考えた。
・・・・その通り、彼は愛されていたのだ。それは間違いなかった。
そして、彼を愛した女性もいた。もし彼は求婚したら、すぐに彼と結婚したであろう女性を1人以上彼は思いだす事が出来た。
・・・・皆彼を愛していた。
このような愛がありながら、彼は幸せではないという事はショックだった。
愛されているという事は幸せという事の答えではないという事が明らかになり始めた。彼はその答えを廃棄し、新しいアプローチを試みた。
「きっと幸せとは何かを達成した中にあるんじゃないか」彼はそう考えた。
・・・確かに彼は自分自身にプライドを感じていた。しかし幸せだったか?いや、それは彼が幸せと呼ぶものではなかった。
・・・・
「それじゃあ、オレは今まで幸せな時があったんだろうか?もしあったとしたら、それはいつだったのか?」
最初の質問は簡単だった。もちろん彼は幸せな時があった。しかし、具体的にはいつだったのか?
彼はその事について考え始めた。
彼が何年も前に仲間とキャンプに行った夏の日。その時彼は幸せだった。もちろん、四六時中常にそう感じていた訳ではない。
それでは具体的にどんな瞬間幸せだったのか?・・・・彼は何年も経って、目を閉じ、その情景を思い出している今でさえ、幸せが湧き上がってくるのを感じた。
彼はその時まさしく幸せだったのである。
・・・・
彼が過去を回想し続けている間、幸せな時を思い出すのがどんどん速くなっていった。
・・・・
そして彼は走り続ける事に疲れたのだった。我慢できる限界にきて、彼はもうこれ以上走る事が出来なくなったのであった。
そこで、彼は無理をして見つめ、自分に問いかけた。
・・・・
彼は椅子に深く腰をかけたまま、映像が流れ込み、彼の心をよぎるのに任せた。
長く持ち続けた痛みも流れるままにさせた。
・・・・
哀しみは底なしの痛みと孤独感から立ち昇ってくるように思えた。
何時間もそれは続くと思われたが、終った時、体力が尽き果て、弱ったように感じた。
彼は可能な時に椅子からベッドまで這って行って、死人のように眠った。

私はこの部分を初めて読んだときに、仏陀釈尊の宿命通を思い出した。
私如きに同じものかどうかは判断できないですが、おそらくは同じものなのだろうと思います。
深く自分自身の内面に入り始めると、封印していたような記憶まで蘇ってくるのですね。
私はそれに耐えることが出来るのだろうかって、やっぱり恐れや抵抗が顔を出します。
ここまで読んでどう感じたでしょうか?。
私は鳥肌ものでしたけど、本当に凄い経験だと思います。
自分の内面の探求って、私自身何年も行なってきたつもりですが、全く心境は深まらないです。
恥ずかしいことですが、すぐに飽きてしまうんですね。
チョット深まったと思えるときもあるんですけど、すぐに違うことに意識が向いてしまいます。
もっと頑張らなきゃって思うのですが、なかなか進んでいけないですね。
それでも、セドナメソッド(解放の手順)には絶大な効果を実感していますから、これが内面に深くは入れるようになったら、どんなになるのか楽しみでもあるわけですね。
レスター師のお陰で簡単で効果的な探求法に仕上がっているんですね。
しかし、レスター師の経験はまだまだ続きますよ。

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